☆☆☆ 二番館劇場 ☆☆☆
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junec1

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Movie Grading

採点基準は「私がその作品をどれだけ好きか」
必ずしも作品の完成度や世評と一致するものではありません。
採点は0点から120点まで。大まかに言うと次のようになります。

0/5/10/15/20/25点
  ***** 恐らく2度観ることはない
30/35/40/45/50点
  ***** 何が面白いかは人それぞれ
55/60/65点
  ***** 観て損はない
70/75/80/85点
  ***** 面白い、あるいは心に残る映画
90/95点
  ***** もう一度観たい
100点
  ***** この映画に出会えたことに感謝
110点
  ***** 準至宝。添い寝したい映画
120点
  ***** 至宝。抱いて寝たい映画

注意
上で言う“面白さ”はハリウッド的面白さ・楽しさとイコールではありません。暗く辛い映画を面白いと感じることもあります。

Questionnaire

質問 管理人のたわ言を読んでみたい作品は?
いますぐ抱きしめたい
インファナル・アフェア
男たちの挽歌
クローサー
ジェネックス・コップ
少林サッカー
星願 あなたにもういちど
チャイニーズ・ゴースト・ストーリー
PTU
北京オペラブルース

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ジョニーA (06/02)
マイブログに、リンク&引用&トラバ、貼らせて貰いました
不都合あればお知らせください(削除いたします)
なにとぞ宜しゅうに

芳忠LOVE (07/08)
はじめまして。
聞くところに寄ると香港の一般上映時の結末は黒社会の会議場に来たトニー・レオンがレイ・チーホンを責めた後にそのまま彼を抑えつけ他の人物が見ている前

バーホーテン (07/01)
初めまして ワイルドブリットファンの方がこんなところに
いるとは思わなかったので思わず書き込んでしまいました

この作品はハリウッドのジョン・ウー映画が
色あせ

もりゆき (06/18)
竹中直人さんが監督でリメークされるみたいですね。

きさ (05/10)
「ミネソタ大強盗団」は大好きな映画です。
「ロング・ライダーズ」もいいですが、こちらの方が好きですね。
「ミネソタ大強盗団」昔テレビ放映で見たのですが、日本では

junec1 (04/23)
>もりゆきさん

>観たことないのばかりで
そうですか。DVD出ないわけですね(笑)
もっとも、この中の「ホット・ロック」は近日発売らしいですよ。

>また

もりゆき (04/22)
参考になります。また寄らせて下さい。

junec1 (02/27)
>sehaさん

大河ドラマのような重厚さを狙うマフィア映画とは、一線を画していますよね。「今このときを輝いて見せるぜ。」みたいな。
そばにいたら迷惑な奴。でも見

seha (02/25)
こんばんは

私がこのなかで見たのは「ホット・ロック」「デリンジャー」のみです。「デリンジャー」のウォーレン・オーツ、かっこよかった。やがて捕まるのがわかってい

junec1 (01/28)
>okada ichiroさん

再開するまで自分のブログをいじる気になれませんでした。
レス遅くなり申し訳ありません。

望月六郎、本当にどうしちゃったんでしょうね

junec1 (01/28)
>ののさん

再開するまで自分のブログをいじる気になれませんでした。
レス遅くなり申し訳ありません。

> 私の人生を映画にしたような、映画でとっても面白

junec1 (01/28)
> GONINさん

再開するまで自分のブログをいじる気になれませんでした。
レス遅くなり申し訳ありません。

片岡礼子わかりました。ありがとうございます。

junec1 (01/28)
> viva jijiさん

再開するまで自分のブログをいじる気になれませんでした。
レス遅くなり申し訳ありません。

私の方でも『死んでもいい』にTBさせていただきます

okada ichiro (02/18)
私も非常に愛する映画のひとつです。
90年代傑作、秀作を次次と作っていた、
望月六郎には特別な思い入れがあります。

偉大な監督ではないかもしないが、いい映画を作

のの (01/14)
はじめまして。
私の人生を映画にしたような、映画でとっても面白かったです。

薬とかじゃなくても、「お前やなきゃあかんねや」って言葉で
家族と離れ今の旦那と一緒

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無国籍の男 血の収穫

無国籍の男2

  天下の愚作。
← ビデオのジャケット写真は詐欺です。裏ジャケのキャッチ・コピー “世界中の悪党ども、俺を殺れるか!?”、これも詐欺です。
OVの中には「渋いハード・ボイルドかと思ったら、とんでもない珍品」ってケースが星の数ほどありますが、なんとこれは劇場公開作。それも大手の東映!! この映画を1800円で見せたとすれば、その勇気だけは敬服に値します。
とりあえず Movie Walker からストーリーを転載。ネタバレしようが、どうってことありません(笑) 

通称ピノキオと呼ばれている黒木慎矢(石橋凌)は、6年前まではニューヨーク在住の商社マンだったが、大学時代にならしたボクシングの腕前と東大卒業という頭脳を見込まれ、イタリアン・マフィアのゼペット・ファミリーにスカウトされた。しかし、慎矢はその組織を裏切って、日本へと戻って来る。今は、ゼペット・ファミリーのかつての仲間から命を狙われており、FBIはゼペット潰しのために慎矢の身柄を保護して証言台に立たせようと、彼の行方を捜し回っていた。久しぶりの東京を満喫していた慎矢は大学のボクシング部を訪ね、今は亡き大学時代のライバルの息子・大介(北村一輝)が営むリバーサイドのカフェで、大介に昔語りをする。ある日、慎矢は大介の店で理律(及川麻衣)という美しい女に出会い、ミステリアスな彼女に魅かれていった。その頃、慎矢の高校時代の同級生である警察庁警備局外事一課の青木(塩見三省)は、FBIからの要請により慎矢の置かれた状況を知り、その意外な音信に愕然とする。慎矢は東京でも仕事を始め、ニセブランドで巨額の利益を得ている台湾マフィア・義龍団に、盗んだデザインのパターン画を5000万円で取り引きしようと彼らに接触した。しかし、取り引きはなかなか成立せず、ゼペット・ファミリーが送り込んだ殺し屋が着実に慎矢を死角へと追いつめていく。慎矢が理律とレストランで食事をしている時に、ついに殺し屋が慎矢へと発砲した。慎矢は一瞬怯んだが、気づくと隣の理律が殺し屋に向かって銃を構えている。実は理律はFBIの捜査官だった。慎矢は理律からも逃げ、義龍団との取り引きの場所に向かう。そして、無事に取り引きを成立させ、慎矢は再びひとりで、ここではないどこかに向かって歩いていった。

  通称ピノキオで、イタリアン・マフィアのゼペット・ファミリーですよ。もうこの時点で相当にヤバイ。
映画のタイトルから想像するに、かつての日活アクション狙ったんでしょうか。とすれば、同じ素地を持つ香港アクションのノリに近いものはあります。ただし、かなり出来の悪い香港映画。
石橋凌が柄にもない軽い役なんですけど、この人にコメディーを求めてもねぇ。そもそも作品自体がコメディーとして成立してませんしねぇ。ウィットに富んでるってわけでもないですしねぇ。その手の会話は恐ろしいほどスベリまくりますから。“情けなくて笑えてくる”ってのは、そこいら中にありますけど。これ、本当に丸山昇一の脚本?
日本や香港の映画に出てくる西洋人って、間抜けじゃないですか。芝居へたくそで。昔で言うとテレビの 『Gメン'75』 あたりに出てくるような。この映画もまさにそれで、どこが凄腕の殺し屋なんだか。ついでに言っちゃうと、台湾人も日本人も皆間抜け(笑) あの石橋凌が底抜けの間抜けに見えるんだから、貴重っちゃ貴重ですけどね。
濡れ場(?)における及川麻衣にも驚愕。唖然とするしかない。お前は風俗か?!どこがFBIだ!!

  ラストではこの2人の別れがあるわけですが、
慎矢「また絶対会える。」
理律「どこで?」
慎矢、夜空を指差し「宇宙のどっかで。」
抱擁する2人。
理律「一生懸命逃げるのよ、、、必ず捕まえるから。」
慎矢の後姿を見送りながら威嚇射撃する理律。
理律「ピノキオ!、、、ウソついたら鼻が伸びるのよ。」
慎矢「チャオ。」
ここで石橋凌自身の歌う 『オー・ソレ・ミオ』(!)が流れてきてエンド・ロール。、、、、、ワタシャ悶絶。

「ウソついたら鼻が伸びるのよ。」ラストでこの台詞言わせたくて通称ピノキオってことにしたんでしょうか。素晴らしい狙いです。
あの『恋極道』と同じ年にこういう映画を作ってしまう望月六郎。素敵だ。あまりに素敵過ぎる。そして、この望月監督にはこれをも凌駕する珍作があるという事実。空恐ろしい人物です。

15点

刈上げの北村一輝がかわいい(笑)
尚、この映画はDVD化されていません。

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恋極道

恋極道2


  リージョン1のアメリカ盤です。日本ではDVD化されていません。望月六郎監督作品では、このほかにも 『新・悲しきヒットマン』 と 『極道懺悔録』 がアメリカのみでリリースされています。

  極道といえば、【汗臭い色黒男たちの目ん玉ひんむいた怒号芝居】、ってのが通り相場。
「男の世界」を謳い文句に暑苦しい宇宙が展開するわけですが、(それはそれで面白かったりもするものの)どうにもこうにもパターン化されてしまった感が強く、陳腐な作品も山のように。
このDVDの特典映像に収められた望月六郎監督のインタビュー(英語字幕付き)によれば、「そういう映画にはしたくなかった。気持ち悪いでしょ、男同士が。ホモ映画になっちゃう。」
そう、大方の女性に不評の例の極道物ではなく、むしろ女性にこそお勧めしたい恋愛映画。ボーイ・ミーツ・ガールです。外国では女性客の反応が良く、インタビューの申込みも女性ジャーナリストからのものが多かったそうな。

  ヤクザ(奥田瑛二)と女子大生(夏生ゆうな)の恋物語、、、
さては『泥だらけの純情』の二番煎じ? いえいえ、そんなきれいごとじゃありません。
情には厚いが教養のかけらも持ち合わせていない関西ヤクザ。片や埼玉から東京の大学に通う女子大生。喫茶店で働くその姿からは不器用そうな真面目ささえ伺える。そして、年齢差が23歳。
この2人が結びつくきっかけといったら、男の押しとセックスしかないわけですよ。シャブと媚薬混ぜたカクテル飲ませて・・・・味わったことのない・・・・ですからね。その挙句に「一緒に大阪行こ。」 この辺、ほとんど拉致。
ろくなもんじゃありません。自らシャブに手ぇ出してるヤクザ。推して知るべし。

  恋愛映画とはいっても、そこは極道の世界。やはり裏切りと義侠の軋轢。無念(爆笑?)の最期を遂げた親分(チャンバラトリオの南方英二)の恨みを晴らすべく、主人公は憎き大組織幹部(火野正平)の殺害を図ったりするわけです。ま、大した親分じゃないんですけどね。余命幾ばくもない体で入院していながら、点滴の中にシャブ入れちゃうんですから。南方怪演!
暗殺に失敗した主人公は友人(原田芳雄)を頼って女子大生や舎弟(松岡俊介)と共に覚醒剤の売人を始める。
なんでこんな男とそこまで、、、ってのが疑問ですわね。
どうやらこのヤクザは多重人格者で、時折死んだ母親が乗り移る。映画の中では1回だけしか現れないんですが、これが効果的。女子大生のせいで暗殺に失敗して荒ぶるヤクザ。暴力的な怒りの直後に母親の口調で女子大生に語りかけ始めます(奥田名演!)。元々が優しく母性的な女の子。あんな哀感迫る言葉を聞かされちゃ、、、、、反則ギリギリの設定ですけど、「なんでこんな男と?」の関所を越えることに成功しています。
次第に離れられなくなる2人。女子大生は実家に電話をかけ、「もう帰らない。今までで一番幸せ。」とまで言う。その直後に「私、シャブでおかしい。」とか言いながら小屋の陰で青カン。この辺うまいですね。
  決して愛情に恵まれてはいなかっただろう女の子が全く知らなかった世界で刺激的で苛烈な体験をする。でもそこには人間同士の情、肌のぬくもりがある。何のてらいもなく「お前はわしの天使や」と気持ちをぶつけてくる男。誰でも人は人を求めずにはいられない。そして、誰もが必要とされることで今までにない至福を感じる。

  ラストは友人(原田芳雄)の「シャブは切れかかりが一番危ない。」 という台詞が伏線として活きる結末。奥田演じるヤクザの生まれ育ち、人となりが一気に明らかになります。
「西成区萩ノ茶屋4丁目3番地はどこでっしゃろか。」 
この繰り返しが痛切で胸に沁みます。奥田の名演ともども見事です。

  話の筋だけを追うとろくでもないわけですが、ここにはたくまざるユーモアがあります。笑わせようという種類のユーモアではなく、ひどく人間くさい登場人物たちのたたずまい。その生々しい人間くささが笑いを誘います。人間てやつは、なんでこうも、、、、、

恋極道


  いゃあ、大人の映画ですねぇ。
傑作とか名作とか、一般的にはそういう冠を戴く作品ではないんでしょうね。『愛すべき秀作・佳作』ぐらいが丁度いいんでしょうか。でもですね、そういう秀作・佳作こそ最も愛着を感じられる、私にとっての傑作なんです。

110点

追記
実は、序盤における奥田瑛二の演技にかなり違和感を感じていました。その原因は、恐らくテレビ。日本の役者は映画だけじゃ食べていけない。必然的にテレビで顔を売るわけですね。ドラマに限らず、バラエティとかトーク番組とか。そこで見かけた姿が邪魔をするというか、「奥田瑛二が極道ねぇ・・・・・」ってことになる。
麻生久美子が婦人警官を演じる軽そうなドラマがあって、その番組宣伝に彼女が現れたとき、ハタと気がついたわけです。「こんな番宣観ちゃいかん。」って。
そう、これって、こっちの問題でもある。
以来、バラエティやトーク番組に限らず、安手なテレビ・ドラマも観なくなりました。おかげで、邦画に出てくる最近の俳優さん、皆新鮮。

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濡れた赫い糸

濡れた赫い糸

  この映画に関する批評・感想・ブログ記事を検索してみましたが、あまり見当たりません。確かに捕らえどころのない作風なので、あれこれ書きづらいのだろうとは思います。数少ないそれらのご意見を読んでみても、どうもピンとこない。私が感じたものとピタッと符合するような記事が見当たりません。

  皆さん真面目に考えすぎてません? リアルな話として理解したがってませんか?
だから、「本編のストーリーもさることながら視聴者に対しても、正に裏切りの連続」、「特にクライマックス(ラスト)に北村一輝が、女を求めるシーンなどは不必要に感じる。」、「高岡早紀や吉井玲がどうなったのか分からないままクライマックスに入って、突然エンドロール」、「なぜそこでそんなことをしてしまったのか(吉井玲の最後の方の行動)とか理解し難い内容」、「誰にも共感することが出来なかった。」、「何を言わんとしているのか?」、「物語にもっと絡んでくると思われた高岡さんは中盤で出なくなってしまい,北村さんと吉井玲さんがメインになり,また突然高岡さんがでてきたり・・。なんだか不思議な映画 」、「R-15指定の割には濡れ場も少なく」、「おっぱいどころか一枚も脱いでないぞ状態なんてさあ……。望月映画は女の性のドギツさがあってこそ、その情念や心の機微がギャップとしてあぶり出されるんじゃないのお?」、、、、といったご意見が並ぶのでは?(無断転載ごめんなさい)

  でもこの映画、ファンタジーというか、おとぎ話でしょ。
もっと言ってしまうと、一応主役は茂(北村一輝)ってことになってますけど、彼はいわゆる狂言回し的役どころ。彼の成長物語という体裁をとってはいても、とりたててそれのみに特化しているわけではありません。じゃ主役は誰なんだってことになると、娼婦の一美(高岡早紀)や恵利(吉井玲)といった女たちでもなく、ましてや娼館の支配人的存在のナカさん(奥田瑛二)であるはずもない。
この映画の主役は、架空の色町“忍山”。しかも、そこで繰り広げられる人間模様というよりは、そういう場所の空気感。
  人間模様に濃厚に迫ろうとすれば、かつての五社英雄監督がさんざん採り上げていた世界。手垢だらけの映画になっちゃいます。そこでこの映画は、時代設定が現代でありながら、五社英雄の諸作以上にエキセントリックな人物を登場させていながら、それと同時にあちらこちらに浮世離れした味付けを施している。
例えば、ガード下の自衛官募集の貼り紙(今どき写真もイラストもないアナクロさ)、たとえ15分とはいえ本番7500円という料金設定、娼婦たちの下着を干すナカさんのそばでおしっこする娼婦とその彼氏、とにかく食ってばかりいる忍山の経営者(諏訪太郎)、堕胎した胎児を目の前に差し出す産科医、実は夢(それもかなりシュールな夢)だったというオチ、吉井玲が差し出す鶏のデカさ、走るワゴン車から突き落とされるおデブちゃん(佐倉萌)、お遍路に出かける経営者夫婦、中指詰められる北村一輝、何かが巻かれているものの繋がっている中指、、、、等々。
これらの表現を際立たせればまるでアングラ前衛劇。娯楽映画としての価値を考えれば、そこまでの思い切りはないわけですが、状況劇場を好み、唐十郎とも親交のある望月六郎監督の趣味嗜好が反映されていると思われます。

  つまり、この映画はあえてリアルではない。色町を描いていながら、おっぱいなどは出てきません。即物的なものを出してしまうと架空の色町“忍山”が生々しくリアルになってしまい、ファンタジーでなくなってしまいます。そして、物語を転がすためにその場面場面の感情の動きについてはリアルであっても、その結果引き起こされる出来事は不条理であったり、シュールであったり。



  なので、このあたりの味付けを無視して、まっとうな人間ドラマとして理解しようとすると、上に挙げた感想のような混乱が起きるのではないかと思います。
一美が魔性の女っぷりを発揮して「アンタがおれへんようになったら、うち、ここ追い出される。」と茂に訴えるシーンがあります。茂は「ほな、しゃあないの。」と冷たい返事。この女の色香に惑わされなくなった茂を見せると同時に、色町の流儀を語っています。色町から消えた女たち(高岡早紀や吉井玲)がその後どうしたかなんて、色町に残った人間たちにはわからんでしょうし、大して興味もないでしょう。出て行った女にしても、その後堅気になったとすれば、娼婦として働く女や色町の人間とは連絡を絶つでしょう。色町とはそういうところ。高岡早紀や吉井玲の行く末なんてどうでもいいんですね、この映画の主役“忍山”にとっちゃ。
この色町を知り尽くし、そこの女たちに等しく愛情を注ぐナカさんの跡を引き継ぐ茂。そこんところにこの男の成長が見て取れるんですが、その意味でもラストの「オ●コしよか。」はナカさん2世を象徴しています。不必要なわけでもありません。
色町そのものが主役ですから、そこで働く女の子がプイと消えたあとに出戻ってくるのもよくある話(高岡早紀)。別に脚本の構成に落ち度があるわけでもありません。たまたまそういう魔性の女役に高岡早紀が、、、ということですね。「そんな出番の少ない役に高岡早紀を使うな。」という言い方はあるかもしれませんが。

  なんだかなぁ。まるでこの映画の擁護をしているみたい。じゃあ、この映画をどのくらい好きかと言うと、

60点

  「げに恐ろしきは、女。」なんて、今更この映画に言われるまでもなく ^^; 
、、、、、 おデブちゃん役の佐倉萌(いい味出してます)。あの『雷魚』の主役がなぜにここまで太ってしまったのか。まるで別人。美形だったのに。。。。。。なんてことが、実は一番印象に残った映画なのでした。

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弱虫(チンピラ)

弱虫

  だめだ、こりゃ。

  ストーリーは文末に。Movie Walker より転載しておきます。語る気にもなれないので。

  望月六郎監督の目論見がことごとくはずれた作品。DVDの特典映像に収められている役者たちの言葉。これが最も的確に作品を言い表しています。

  主役の北村一輝。「正直言うと最初に、『台本変えてください。』なんてことも言いましたし。、、、女の子との部分っていうのが最初なかったんですね。するとこの話っていうのが、修というキャラクターがですね。普通はこう読んだ時に、その中で例えば起承転結というか、こう何かが起こったりですね。性格的に色々わかりやすい説明する部分というのが結構入ってくるんですけど、この修っていうのに関してはホントに何もなくて、自分で意志もあまり持ってなくて、映画の主役に値しないような役とでも言うんですかね。それで『このままやるんですか?』と監督に訊きました。それでまぁ女の子とのシーンを入れていただいたんですけども。ま、言いたいことは全部、僕は言ってます、かなり。」
  ホント魅力のない役柄です。魅力に欠ける人物を描く映画ってのがあってもいいとは思いますけど、この修って何を考えてるのかさっぱりわかりません。波風立たないようにあちこちにいい顔しているだけ。あんな思いまでして一緒になった有美(星遥子)がいながら、なんで組長(長門裕之)の愛人景子(宮前希依)に惚れる?助けてやったことで運命的なものを感じた?シャブ漬けにされた景子に哀れを感じ、組長に強要された景子とのセックスで情にほだされた? この辺について全く説明不足というか、納得できない展開なので、わけわかりません。

  望月監督さぁ、女性に受けのいい北村一輝使って刺激の強いセックス描写したかっただけじゃないの? 頭の方の有美との絡みで舌先使ってペロペロとかさ。シャブで頭おかしい景子の大股開きとかさ。おばはんにペ●ス弄ばせるとことかさ。、、、AVじゃないんだから。

  それで援交志願少女やよい(安野奈美)のエピソード付け足したわけね。北村の不満に応える形で。顔とセックスにしか魅力のない馬鹿男ってキャラを打破するためにも。でも、やっぱり付け焼刃の感は拭えません。浮いちゃってますから、ここだけ。
情緒不安定(というか、人格障害でしょ。飼い猫殺しなんて)な少女がこの主人公との交流を通して立ち直ってゆく。つまり主人公への共感を集めようという魂胆なわけです。でも肝心のやりとりが急遽考え出したもののせいか、練れてない。すべるんですね。第一、そこまで病んでいた少女があの程度の交流で立ち直るってのが、どうにもね。
それに、、、、本来は存在しなかったこのシーンで、まして修本人の口で「結局自分の弱さを優しさと勘違いしているのかな。何もしてあげれないからいい加減に付き合ってる。どうしようもないから優しくなる。」と言わせてしまう。、、、こんなところでこの映画の肝を語らせちゃ駄目でしょ。これは本来もとからあったシーンのほうで、しかもこんな説明台詞に頼らない形で描いてこそ、のはず。薄っぺらいでしょ、これじゃ。

  兄貴分であり親分である船水役の田口トモロヲ。「原作だと僕の役っていかにもヤクザっぽい屈強な親分だったんですけれども。それを僕、、、僕は普段とかチビッコ文科会系なんで、『ホント僕でいいですか?』って最初訊いたんですよ。そしたら望月監督とは同世代なんで、『今まではそういう人たちがキャスティングされるところだけれども、同世代のそういうカッコ、ま、カッコいいっていうか、そういう親分像を作ってください。』と言われて。それで『それだったらできるかもしれない。』って、やらせていただきました。」
  「ホントに柄じゃない」ってキャスティングで、終始違和感漂いっぱなし。困っちゃったな。
要するに、「なぁ朝村、俺もヤクザなんだよ。」と「わかってんのか。親分の女を追っかけて逃げたらどういうことになんのか。シャブから抜けさすのは生半可なことじゃないぞ。」って台詞をこの優男に言わせたかったわけでしょ? そこから生まれる劇的効果を狙ったと。でもねぇ、やっぱり柄じゃないわ。そっちの印象の方が強すぎますって。

  ヒロイン景子役の宮前希依。「何もかもが初めてだったんですけども、味を占めてしまったというか、快感だったんです。快感だったことと、あとすごく反省する部分というのもたくさんあって、お勉強になって。もっともっとこれから役者としてやっていきたいなんて欲が出てきてしまいました。」
  新人だとしても、ホント下手。なぜ修につきまとうのか、わけわからず。どこに惚れたのか、彼女の芝居からは何も読み取れず。
こんな言い方したくないですけど、容姿もね。美しいとは言いがたい。いや、観る人の好き好きであれこれ言う主観の問題ではなくて、例の大股開きとか、その後のセックス・シーンとか、、、、どうにもこうにも汚いんですわ。 シャブ漬けにされた悲しさなどどこにもない。何が悲しくてこんな女に惚れる?

  特筆すべきは(笑)組長の長門裕之。ヤクザの組長だからって怒鳴ってばかりでさぁ。こっちとしては失笑付きで引いちゃうんだわ。なんだかねぇ、勃たないってだけで大騒ぎして懊悩の業火に焼かれているのかと思ってたわけですよ。そしたら、最後のほうの船水とのやりとりで語られる「死んだ娘に景子が似ていてどうとかこうとか。」 悪いけど、そういう人間には見えませんでしたから。



  ストーリー  ネタバレ注意
ヤクザの女だった有美と出来たのがきっかけで、月島組の船水の子分となった修は、ヤクザにもなりきれないチンピラだ。ある日、彼は組の仲間が捜し回っていた少女・景子を一晩匿ってやるが、実は彼女は組長の愛人だったのだ。以来、組長の元に連れ戻された景子から助けを求められるようになる修。月島の世話をするうち、彼も景子に想いを寄せるようになっていく。しかし、組長の愛人に手を出す訳にはいかない。そんな修に、景子は「弱虫」と罵るのだった。ところでその頃、月島組は関西の紅屋会と手を結ぶことによって若頭の座を狙おうとする船水の兄弟分・朝村の裏工作により、江戸川組との一触即発の状態にあった。景子に夢中で判断力を失っている組長に代わって、戦争を回避し組を立て直す船水。そんな船水を狙った朝村の銃弾の楯になって負傷した修は、回復後、有美に送り出され、組長から逃亡した景子の元へ向かうのだった。

  北村一輝ファンにのみ捧げる失敗作。

35点 

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鬼火

鬼火2

  あまりにも豊かな叙情性を湛えた傑作です。こういうのを観ちゃうとハリウッドのアクション映画がもうガキンチョ臭くて。
もしこの作品にピンとこなかったら、映画ばかり観ていないで外へ出ましょう。27年ぐらい世間の風に吹かれてみましょう。俗に言う人生経験ってやつです。人情、色恋、挫折、屈辱、悔恨、忍耐、業、性、恩義、義理、死に場所、、、これらの言葉に現実味を感じるようになってからもう一度観ていただけたら。感受性が人一倍鋭敏な方ならともかく、普通の10代や20代が観てもわからん映画ってものがありますから(当たり前ですよね)。
ま、死ぬまでわからんままなら、それはそれで幸せな一生なのかもしれませんが。

  誰が何と言おうと原田芳雄。オーラっていうんですか。最近人気の俳優が20人や30人束になってかかっても屁でもない。35歳の時に脇役で出演した『祭りの準備』において作品全部をかっさらった人ですから。ものが違います、ものが。
望月六郎監督自らが台本を持って原田芳雄本人に出演を懇願したらしいですが、双方にとって実に幸せな結果となりました。この稀有な役者の魅力全開です。凄み、哀感、優しさ、ユーモア、どれをとっても完璧な表現で、どれをとっても原田芳雄。この人以外にはあり得ないでしょう、この役。



  かつて極道社会で「火の玉」と恐れられたヒットマン国広法康(原田芳雄)。通称クニさん、50歳半ばを過ぎての出所。 『新・悲しきヒットマン』 とは異なり、親分たちにも一目置かれる伝説の人物。
この男、実は優しく律儀で生真面目。殺した男の墓参りに行き、吸えないタバコに火をつけて供える、、、この冒頭シーンから愛すべきキャラが描かれていきます。
刺青は入れずシャブにも手を出さない。「ああいうもんやったら他人は信用してくれんようになります。」
「真面目やってんね。」の言葉に、「人殺しといて真面目いうのはどないなもんでっしゃろ。」と自嘲気味。昔気質の筋とか芯とか、そういうものが一本通っていながら、とぼけたユーモアの持ち主でもある。愛読書は『風の又三郎』。
クニさんのいた組は既に解散。昔も今も自分を兄貴と慕ってくれる谷川尚人(哀川翔)は、かつて敵対していた明神組の傘下で外様の組長に納まっています。彼が当面の生活費としてクニさんに金と車を渡そうとしても「受け取れんがな。」の返事。、、、今度刑務所に入ったら二度とシャバには出てこれない(死刑?)クニさんは、堅気になる決意をしているらしい。

  肉体労働しか残されていないわけですが、よる年波には勝てず。結局明神組組長(奥田瑛二)の運転手に採用されます。闇金融の取立てで手柄をあげ(惚れ惚れするカッコよさ)、図らずも心ならずも、正式に組員として極道社会に復帰してしまうクニさん。しかしこれとて若きヒロイン日野麻子、通称アサちゃん(片岡礼子)の復讐に手を貸したことが仇となって破門。再び堅気の道を模索することとなり、どうにか印刷工の職を得ます。アサちゃんと暮らすアパートも見つかり、仕事も順調。これでやっと落ち着けるのかと思えば、、、、、、。
  やはり極道なんです。通算で27年間も刑務所に入っていた、そして高級クラブで昔の武勇伝を語れば、その凄まじさにやくざまで押し黙ってしまうほどの。
じりじりと照りつける太陽の下、縁台将棋の最中にとうとう爆発します。何事にも真剣なクニさんに対し、自分から将棋に誘った印刷工場のオヤジはちゃらんぽらん。心ここにあらず。鬼の形相となって立ち去るクニさん。「将棋に負けているだけで、、、」てな批判をする方は人生やり直しましょう。
自分が引き起こした恩義ある友・坂田(北村一輝)の死。理不尽な明神組。愛するアサちゃんを辱めた藤間兄弟。そして、そんなことよりも何よりも、平穏に暮らすことに甘んじられない極道の血、業、性。

鬼火

  どの人物の台詞も象徴的なものにとどめていて、説明調の長台詞を極力排しています。ハードボイルドの常道。でもこれって、一歩間違うと思わせぶりが鼻につくことになります。まずは筆力のある脚本(森岡利行)に感嘆です。
  この優れた脚本に刺激され、次から次へイメージがわき上がってきたんでしょうか。望月六郎監督の演出も冴え渡ってます。的確かつ印象的なカメラ・アングルで登場人物の思いを台詞以上の雄弁さで語ります。特にアサちゃんが実家に電話をかけるシーンと俯瞰で撮る縁台将棋。その見事な構図に唸ります。
そして濡れ場。元はといえば、高級クラブでピアノ弾きのバイトしていた女の子をお持ち帰りしたわけですが、クニさんその日だけでなく延々と手を出さない。無防備に寝ているアサちゃんの色っぽいこと。男は大抵このシーンで片岡礼子に惚れます(笑)。何とも言いがたい欲情をもよおしはしますが、それでも耐えるクニさん。
50代半ばの男と20代半ばの女。へたすりゃキワモノです。望月監督って時々濡れ場を見せたくて、そのアイデアだけで映画撮っちゃうようなとこありますけど、この作品ではお互いの激情の発露として描かれていて大いに盛り上がります。何の違和感もありません。
  二人で小学校の講堂に忍び込み、ピアノ演奏をするシーン。それに続くプールの中の二人。これらのシーンに限らず、映画全篇をピアノの哀しい旋律が覆います。冒頭とラストに映し出される草っぱら。フィックスで収められたこの映像が深い余韻を残すように、実は台詞のない画面でこそ様々な感情が語られています。

  あちこちにクスッとくるユーモアまで配し、まさに緩急自在。間違いなく望月監督の最高傑作です。てっきり粘りに粘って撮り上げた作品なのかと思っていたら、なんと3週間にも満たない撮影日数だったそう。望月監督、アンタ天才だ!!(この映画に限っては・笑)

  クライマックス。名シーンです。拳銃ぶっ放すシーンとしちゃ映画史に残ります。劇中の台詞が思い出されます。「意味がなくて殺すのではなく、意味があって殺すんです」、、、カッコ良すぎるぞ、原田芳雄。

120点

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新・悲しきヒットマン

新悲しきヒットマン

  単館公開されたVシネマ。
金子正次の『竜二』以降作られ続けてきたニュー・タイプのやくざ映画ってあるじゃないですか。陣内とか柳葉とか哀川とか竹内とか。あのどっかションベン臭い極道映画の数々。半端者の悲哀を描いているようでいながら、実は映画館を出た観客が肩で風切って歩いちゃうようなやつ。
くれぐれも一緒にしないでください。
多くの極道映画の場合、ゴミはゴミなりの意地を描くわけですね。一寸の虫にも五分の魂。それでこそ観客は感情移入しやすい。男の意地を見得切って描けば、中学生にでもわかるヒロイズムを見せつけることはできます。間違ってもそっちの世界へは行きそうもない観客にまで肩で風切らせるわけです。

  でもこの映画はもっと冷徹です。やくざ社会を疑似体験したい幸福者に媚びたりしません。もっとなんていうか、、、、心のどこかが欠落している、帰るべき場所のない、、、そういう喪失感を抱えている観客と出会ってこそ真に共鳴し合う映画とでもいうか、、、、。

望月六郎監督も次のように言ってます。
「別に暴力を礼賛する形でやくざを撮りたいとか思わないんですよね。だけど、やくざも人間だから、ま、人間としては撮れるなとは思うけど、やくざカッコいいとかあんまり思ったことないんですよね。深作さんが好きだったりするのも、深作さんの映画に出てくるやくざって別にカッコよくないんですよね。滑稽だったり、悲しかったり、そういうところが好きでしたね。ヒロイックじゃないっていうか、『バカだな、お前ら』みたいな感じが好きだったから。映画って別に道徳を教えるものじゃないから、映画の魅力って何?って言ったら、やっぱセックス&バイオレンスとかね。そういう風に僕は思ったりするんで、全然やくざ映画を批判、否定なんかしない。でもあまり好きじゃないってだけですよね。人があまりバリバリ死んだりするのは好きじゃない。」

新悲しきヒットマンB  どいつもこいつもろくでもありません。男の哀愁とやらも、せいぜい主人公のストイックさにのみ見出せるだけ。その主人公タッチャン(石橋凌)、ヒットマンといえばカッコいい響きですけど、しょせんは鉄砲玉というやくざ組織の最下層。仲間内にさえ馬鹿にされているやくざです。
鉄砲玉として抗争相手を弾いて10年の刑期。出所してみりゃことさら誰も歓迎などしてくれない。幹部の椅子が待ってるわけでもない。出所祝いと言えば、一晩だけのお相手にシャブ中のホテトル嬢ユキ(沢木麻美)が組から派遣されるだけ。刑務所にいる間に歳は10コも食って貫禄ついてますが、組の中じゃ相変わらずのチンピラ扱い。
義理人情を重んじる古いタイプのヤクザが激変した極道社会で居場所を失います。上層部とやらのなんと愚劣なことよ。組織の保持が最優先事項で、その手段も目的も金、金、金。でももしかしたら本人が気付かなかっただけで、10年前だって同じようなものだったのかもしれません。刑務所帰りの身であるからこそ感じる渡世の風の冷たさ。自分の馬鹿さ加減が身に沁みます。
タッチャンに憧れている若いチンピラ(金山一彦)にしても同じこと。いきがかりでタッチャンと共に親分に弓ひきますが、結局彼も組織の捨て駒としての自分にしか生きる道を見出せません。

  ホテトル嬢のユキと共に帰郷するものの、今や親にさえ疎まれてしまうタッチャン。帰る場所のないこの男は漁師として出直す決意を固めますが、結局彼を待っていたものは、、、、、。
効果音を使わず、ビデオカメラの揺れだけで事の次第を語る結末が効いています。

  彼の置き土産、それはユキをシャブ中から立ち直らせたことぐらいなもの。でもこの悲しい女に行き場所は残されているんでしょうか。

90点

尚、この映画は日本ではDVD化されていません。リ-ジョン1のアメリカ盤が出ています。

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スキンレスナイト

skinless2

  当時A●で生計を立てていた望月六郎監督が、A●業界の現場とその裏側を織り込みつつ描く「スケベと家庭に縛られたボンデージホームドラマ」(この映画のキャッチ・コピー)。女優陣に八神康子、桂木文、宮下順子、小沢奈美、冴島奈緒、鮎川真理、、、、、
ちょっと年配のその筋のファンなら、あの日の懐かしさと助平心で甘酸っぱい想像をたくましくするんでしょうか。
残念ながらそういう映画ではありません。

  A●監督の加山(石川欣)はかつて数本のピンク映画を撮った経歴を持ちます。しかし悲劇的に安いギャランティのピンク映画では妻の千恵(八神康子)と娘の亜希を養っていくのは困難。今では気の合う数人の仲間たち、それに妻までをも巻き込んだ小さなA●製作会社の経営。ネームバリューが上がってくれば、それなりにやりがいがあります。決して嫌々やっている仕事ではありません。
ただ、加山は映画畑の人間。やはり「いつかは自分の思い通りの映画を撮りたい。」という志を捨てられない万年映画青年。AVであろうと、どうせならストーリー性重視で人物設定がしっかりした必然性のあるセックスを描きたい。ところが発注元の興味は違う。「で、その2人はどんなセ●クスするの?アダルトはそこが命だからね。」、、、、、、過当競争の中、刺激を求めて過激さを増す業界と加山とではそりが合わなくなりつつあります。更には心ならずも「制作コストを無視してもらっては迷惑だ。」との言葉を浴びせ、仲間や後輩と衝突。それは成長してきた後輩への嫉妬でもあります。本来作りたいものとは違う、そんな妥協と惰性の毎日。自分自身が最も言われたくなかった言葉を自分が発する現実。
  
  旧友との再会や学生時代の未完成8ミリフィルム(はちみつぱいの『塀の上で』がBGMの無声映画)を見つけたことで“あの頃”への思いが強くなる加山。学生時代にふられた憧れの依子(桂木文)の家のそばにアパートを借りて彼女の出現を待ちわびます。しつこく流し続ける『塀の上で』が効果的です。そして再会。桂木文ですよ、桂木文。(・∀・)ニヤニヤ
睾丸ガンを乗り切った旧友・香坂(趙方豪)の言葉が彼にあるきっかけを与えます。事務所の仲間相手に電話で思いのたけをぶちまけるんですが、この長台詞は棒読み気味ながら聞き応え満点です。青臭い理想論とはひと味もふた味も違う、、、夢を語るにしても自分と相手双方を嘲りながらの心情吐露。なんともまぁ身につまされる台詞です。
この電話を最後に10日以上も会社を空ける加山。彼は果たしてどこで何をしているのか?



  エッチな期待はことごとく裏切られます。AV撮影現場の裸にいやらしさなど微塵もありません。そういう視線を排除するように撮られているといってもいいくらいです。その他のシーンも同様で、ほのめかすことはあっても直截的な表現は意図的に避けられています。
例えば、突然ホテルの一室。ベッドに寝そべる加山とガウン姿でソファーに腰掛ける依子。「私がこんなこと言うとおかしいと思うだろうけど、男の人ってどうして一人の女だけじゃ駄目なのかな。」、、、、この一言だけで全てを説明してしまう、そんな慎ましやかで誠実で真面目な映画。至極まっとうなホーム・ドラマであり、切ない青春映画です。

  青春とかいうしろものは、その言葉が似つかわしくないと感じてはいるものの素直には認めたくないという、、、そういう端境期の世代にとって最も痛切な響きを持っているのかも。

85点

尚、この映画はDVD化されていません。

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望月六郎
  小説家にしても映画監督にしても、賞味期限は10年がいいとこだと聞いたことがある。クリエイターとしてのピークはそんなもの。もしそれ以上その世界の第一線で生き残れたとしたら、名匠・巨匠。、、、、、、、あるいは重宝される職人芸。

望月

  望月六郎。この監督の始まりはピンク映画の脚本家。1983年と1984年だけでも8本の脚本(大手にっかつ制作、あるいは配給作品も含む)が採用されています。1984年に1本だけ助監督を経験したのち、1985年には監督デビュー。1986年のにっかつ配給作品『愛奴人形 い・か・せ・て』まで4本の映画を監督。これを最後にア●ルト・ビデオ界(コメント欄に悪戯する人たちの検索にひっかかりたくないので伏字にします。申し訳ありません。)に転進します。120本ぐらい作ったらしい。
とりあえずは金になったからでしょう。でも気持ちは、、、、、、。この辺のことは1991年の自伝的自主映画『スキンレスナイト』に詳しく描かれています。この作品が評判を呼び、それ以後一般映画の世界へ(低予算のOV含む)。『極道記者』でブレイクしたのちはしばらく好調。
しかし何とか観られるのは1999年の『皆月』 あたりまで。 それ以後はどうしちゃったの?状態。『スキンレスナイト』から10年ってとこですか。引き出しなくなっちゃたんでしょうかね。
2004年あたりからは再び精力的にア●ルト・ビデオを制作している様子。パッケージに《望月六郎作品》と謳って。うーん。
この監督も「一般映画だろうとピンク映画だろうと何も変わらない」という監督ではありますけどね。『スキンレスナイト』の中で「映画もアダルトもどっちもやるんだよ。」とは言ってますけどね。でも、ことア●ルト・ビデオに関しては不満とするところを語り、事実として一般映画への転向を果たしていたわけです。一般映画で名を上げたおかげで何の制約もなしにア●ルト・ビデオ作れるようになったんでしょうか。もしそうであるなら、一般映画業界におけるその後のいきさつを『スキンレスナイト2』で語ってほしいものです(笑)
 ま、私にとっては『スキンレスナイト』、『極道記者』、『新・悲しきヒットマン』、『鬼火』、『恋極道』の5本だけで名匠と呼べちゃう人なんですけど。

  ってことで、次回からは海外での評価が高い望月六郎の特集です。

  ピンク映画ファンの目に触れると馬鹿にされそうですが、その手の映画を1本も観たことのない方々のために説明しておくと、
「ピンク映画とア●ルト・ビデオって全くの別物」ですので。

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映画採点基準変更
  映画採点基準を Movie Grading に表記の通り変更します。

新たに110点と120点を追加。
単に今までの評価が甘過ぎただけなんですが、すべて採点し直すよりは110点と120点という反則技で対応することにしました。
とは言っても、あくまで採点基準は「私がその作品をどれだけ好きか」ですので、自分の思い入れを示すには、むしろこの方が良かったのではないかと思っています。

大雑把に言って、70点以上ならまずまずということで。

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リバイバル・ブルース
  平均寿命、あるいは平均余命。本来は医療技術の進歩を広く知らしめるのに最も効果的な数値なんだろう。でも大抵の人は、そんなことより何より、「自分にはまだ●年ある」と算用しているのではないか。「自分もせめてその年齢ぐらいまでは生きたい。」という願望が、いつの間にか「まだ●年ある」にすりかわっていく。
早死にした父親の死亡時年齢に私もあと5年で追いつく。彼の死因ともなった同じ持病を持ち、しかも体調は決して良くない。私の友人にも同じような奴がいて、彼は医者に止められている酒を飲んでは「俺は長生きできない。」と電話で繰言を言う。しらふの私は毎度のように答える。「たとえ長生きしたっていつかは死ななきゃならない。お前みたいのは平均寿命を超えて生きても、『もうあとがない』って騒ぐんだろうな。」

リバイバル  リバイバル2

  あるブルースバンドが解散。ヴォーカルの加代(桃井かおり)は新宿ゴールデン街に店を持ち、ギタリストの 洋介(奥田瑛二)は沖縄へ渡った。26年後、仕事で沖縄にやってきた健(内藤剛志)が「リバイバル・ナイトに出演するためもう一度バンドを。」と洋介に声をかける。しかし洋介は既に末期のガンに侵されており、健の目の前で昏倒する。
バンド解散の原因は健の脱退にあったらしく、洋介の心には未だわだかまりが残ったままだったが、自分の余命を知ったことで健の誘いを受け入れる決意をする。経営していた沖縄の店を売り払った彼は同棲していた彼女と結婚入籍。
同じく再結成に誘われた加代は健に問う。「洋介のためにやったほうがいいんだね?まさかアンタのためじゃないよね?」
ともあれ、一夜だけのバンド再結成も成功。高揚した気分の健は、ホテル住まいだった洋介夫婦に自分のマンションで暮らすよう進言。洋介の最後を看取るべく献身的な介護を始めるのだが……。

  物語の展開と役者の顔ぶれを見ると、奥田瑛二が主役、あるいは等分の友情物語かと思われます。でもこの映画、主役は内藤剛志。作品に及ぼす影響力ということで言えば、内藤>桃井>奥田。
  実は内藤演じる中年男の“心の彷徨”こそが、この映画の興味です。献身物語といった奇麗事ではありません。弱っていく洋介の介護をしながら、健はどんどん活き活きしていきます。若い女性シンガーから清掃のおばちゃんまで、女性と見れば手当たり次第に手を付ける。そのことで妻と離婚することになりますが、それでもこの男は自分で自分を抑えられない。病気のため「勃たない」と打ち明ける洋介に対し、無神経にも自分の女性関係を楽しげに語るような男。そんな健に加代はこんな言葉を浴びせます。「アンタ、あいつが死ぬと思って活性化してない?」
桃井演じる加代の突っ込みがこの男のだらしなさやエゴイズムをあぶりだす格好になっています。彼女の突っ込みを真に受ければ、なんとも嫌な奴です。デリカシーに欠ける女癖の悪いエゴイスト。女性の観客からは総ブーイングでしょう。
でもですよ。ちょっと待ってください。たとえ自分のエゴを満足させるために洋介を招き入れたのだとしても、それだけで介護ができますか? 高価な医療用ベッドまで買えますか? 背中までベットリくっついたウンコを拭き取ってやれますか? 
この男は洋介が死んだ後、医療用ベッドを片付けながら友のいなくなった部屋で声をあげて泣き続けます。

  洋介の死後、健は手当たり次第に女に手を付けていた頃の生気を失います。どこかしら腑抜けのようです。妻に去られ友を失ったための喪失感? いや、そもそも洋介と再会するまでのこの中年男に“生の実感”があったのか?会社の共同経営者という社会的地位、妻の存在、成功の象徴である高層マンション、それだけでこの男は満ち足りていたのか? 
死の淵にいる友を前にしてこそ初めて自らの生を意識。その甘美な実感ゆえに介護をするのであれば、確かにあまりに利己的なんでしょう。でもこの生の実感、裏返して言えば、彼の心に潜んでいる死への恐怖でもある。節操のない女癖はそれでこそ得られた生の証。生への渇望。



  この映画の監督はカナダ人のクロード・ガニオン。以前にもOLの私生活を覗き見るかのような『Keiko』という作品を日本で撮っています。その作品と同様、この『リバイバル・ブルース』も即興芝居による即興演出(台本はあるけど台詞は役者に任す)。明瞭な台詞のやりとりでは嘘臭くなる物語。手探りでお互いの芝居に呼応する姿が映画にリアリティを与えています。さすがは内藤+桃井+奥田なんですが、時として禅問答のようになってしまったり、「3人とも懸命に頑張っているんだな。」と観客に余計な感慨を持たせるマイナス面があることも否定できません。

  嫌でも自分の身の上に死臭を嗅ぎ取る中年世代。その日までもがくか、あがくか、受け入れていくか。

桃井かおりの歌う『チンチン・ブルース』は必聴。

75点

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ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ
  女装するゲイ。もうこれだけで女性客の歓心を買う。どうにもこうにも女性の好奇心を痛く刺激する存在らしい。一度「なんでそんなに興味があるのよ?」と聞いたことがある。彼女いわく、、、「だって面白い。」
ではストレートな男が女装するゲイをどう思っているのか?
人間社会学的な考察をする人なら別だろうが、大多数の答えは「関心がない。」というところへ落ち着く。 恐らくはこの映画に好意的な女性の方がよっぽど彼らに興味を持っているはず。

hedwig_angryinch

  あちこちで絶賛されている映画です。なので、ちと勇気がいるわけです(笑)

  観念的に内省的に愛だの自分探しだのが語られます。何はさておいても「自分は・・・・、自分にとって・・・・」という命題が優先される「アイデンティティ病」に冒されているわけです。マイノリティの悲哀を語りはしますが、その際に他者の思考やら事情をわきまえている風でもありません。ひたすら「自分がこんな風になったのはこうこうこうで。なのに自分は理解されない。受け入れてもらえない。」と過剰な被害者意識で吐露し続けます。そのくせバック・バンドの人格なんて認めませんからね、こいつ。ていうか、この映画自体が呆れるほどの一人称。
例えばあの坊やがひるんだのはヘドウィグが言うように「意気地なし」だからではありませんし、社会に蔓延する差別意識が働いたわけでもありません。あの坊やが単にストレートな男だっただけ。彼にとって女装するゲイは、初めから性的に愛する対象ではなかったという、ただそれだけのこと。その運命を呪われてもね。「愛していれば受け入れられるはず。」なんて、あの切れっぷりで言われてもね。無理なものは無理でしょ、やっぱ。
困った生き物なんですから、男なんて。そもそも相手が女性であったとしても、愛だけに生きたりできんのですよ。純愛なんて言葉持ち出されたら腰が引けちゃうんですから。その意味から言っても女性に受ける映画なんでしょうね、これ。

  退廃的な香り立つグラム・ロック。けばけばしいメイクと衣装で反社会的なアジテーションでもするのかと思えば、これまたひどく個人的な内容で、くどくどと怨み節。即物的な言い方は避けながら適当に抽象的な歌詞をもってきて、、、そこに着かず離れずのアニメーション。もうこの前半で辟易としてしまいます。1曲ずつ切り取ったら、ちょっとだけカメラ・アングルに凝ったポップなミュージック・ビデオじゃないですか。
  いわくありげなベルリンの壁も思わせぶりなだけ。不安定な自我を生む一要因として、あるいは片割れというキーワードにひっかけて国家の分断を語るだけ。それ以上の意味は何ら見出せません。こうまでも内向きな宇宙を構築するジョン・キャメロン・ミッチェル にベルリンの壁は荷が重過ぎます。広げた風呂敷が大仰過ぎます。むしろ、この映画の作り手が時事的なことや社会事象に本来無関心であることを露呈させる結果となっています。



  自分の失われた片割れを探し求めるヘドウィグ。自分が何者であるか完璧な答えを探し続けます。「そんなもの死ぬまで、いや、死んでもわかるかい!」が私の答えなんですが(笑)、この映画では「ありのままの自分」という結論を導き出します。だからカツラも取り、衣装も引きちぎり、裸の自分になる。あらゆる虚飾をはいだ時に二つの顔が一つに合体する。そして、過去をひきずりつつも歩みだす。イツハクを女性に戻すのも、この男の成長の証なんでしょう。最後まで傲慢で独善的で、周囲の人間をでくの坊扱いの困ったお人(映画)ですが、この導き出した結論自体に異を唱えるつもりはありません。感動された方も多いことでしょう。青臭ければ青臭いほど若者の胸を打つに違いありません。

  そこいら中に抽象的な表現を用いつつも、実は非常にわかりやすい話。拍子抜けするくらいです。例えば40年近くも前の『真夜中のカーボーイ』。カウボーイ姿とおさらばしたジョン・ヴォイトなんですよ、これ。あちらはもっとさりげなかったですけどね。
これだけテーマをはっきり打ち出しているだけに、下手に結論なんか出さない方がいいのに。

40点
  
  この映画で観て聴けるロックが最高とお感じの方にニール・ヤングの『ウェルド』というライブ・ビデオをお薦めします。大金稼いでいるミュージシャンがあまりにカジュアルな服装でステージに立っている。観客の求めるイメージを裏切れないわけで、それだけ見れば詐欺みたいなもんです。でもそこで聴ける武骨な爆音は「こいつ、まだまだ本気だ。大物になった今でも腐ってない。いい年して闘ってるぞ、オイ。」と感じさせてくれるに充分です。ショー・アップされたファッショナブルな内省ロックなんてくそくらえ、なんであります。ハイ。
もしご覧になったら感想を聞かせてやってください。

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チャック・ベリー/ヘイル!ヘイル!ロックンロール

  日本でも1ヶ月前にDVDがリリースされました。やっとという感じなんですが、アメリカ盤が4枚組のボックス仕様であったにも関わらず、日本盤は2枚組。未公開ライブなど数々の特典映像が削ぎ落とされている模様。とはいえ、字幕なしのアメリカ盤はつらい。ドキュメンタリー映画なのでスラングと訛りが強烈と思われ、聞き取るのは恐らく困難。未だどちらを買おうか思案中です。
  ということで、このレビューは今回リリースされたDVDではなく、劇場公開版についてのレビューとなります。

  こういう音楽物のドキュメンタリーって、その対象であるミュージシャンに興味がない観客にはつまらないものなんでしょうか?個人的な事を言えば、例えばアバなんて間違ってもCD買いませんが、ドキュメンタリーで解散までの変遷を追っていたりすると、それを観るのは決して苦痛ではありません。逆にたとえ好きなミュージシャンであっても、上っ面の奇麗事だけじゃお話にならない。プロモーション・ビデオに惚れるほど純情に出来てませんから。やはり人間臭さというか、生臭いものを感じさせてくれないと。

  その意味ではこの映画、大変面白い。何がって、ロックン・ロール元祖チャック・ベリーの壊れた人となりに尽きます。胡散臭いというか、いかがわしいというか。そのあたりの人間性が呆れるほど赤裸々にカメラに収められています。
何しろ映画が始まってしばらくの間、このオヤジの口をついて出てくるのは金の話ばかり。それも実に事細か。かなり昔の話をそこまで覚えてるか、普通。「レコード1枚売って1セントの印税」から「自身の所有する広大なベリー・パーク」まで、とにかく金、金、金。ジャズやブルースの黒人ミュージシャンの多くがそうであったように、チャック・ベリーも契約書の重要性を認識していなかったためにひどい目に遭った経験を持ちます。それやこれやでこうした人格が形成されたのだとしても、、、、いやはや。
誰にも心を許さない。人間よりも金を信じる男。ロックン・ロール=ビジネスなんですね。それもかなり生臭い。結果として彼に寄せられる人物評は、「付き合いづらい男。あまり一緒に仕事したくない男」。それでも彼が他のミュージシャンに一目置かれるのは、やはり彼の生み出した音楽が深く敬愛されているからに他なりません。

  その彼が60歳を記念したバースデー・スペシャル・ライブを催すことになり、音楽監督を担当することになったのが、あのキース・リチャーズ。その他のメンツもエリック・クラプトン、リンダ・ロンシュタット、ロバート・クレイ、エタ・ジェイムス、ジョニー・ジョンソン、チャック・リーヴェル、ボビー・キース、、、と、まぁ何とも豪華。映画はライブのリハーサル風景で進んでいき、後半はライブの本番。その合間にゆかりの人々のインタビューがバンバン入ってくるという構成。

  チャック・ベリーという人は、パーマネントなバック・バンドを持tちません。コンサートの主催者に「俺の曲を演奏できるメンツを集めといてくれ。」と依頼しておき、大したリハーサルもしないまま「1、2の3」で本番やっちゃうような人。日本に来た時も同様で、“ピアノに成毛茂”なんてライブをやらかしてます。キース・リチャーズがその辺のことを次のように語っています。
「まともなバンドをバックにつけたかった。それまでのチャックのライブはひどかったよ。自分がミスしてもバンドのせいにするんだ。そういうワガママが通ってた。とにかく性格がキツいからね。みんなは僕が彼と一緒にやるのを不思議がってた。腕ずくでおとなしくさせるしかないなら僕がその役を引き受けたかった。」


                     こちらは輸入盤4枚組。リージョン1→
ところが、さすがはチャック・ベリー。おとなしくなんかしていない。リハーサル中に些細なことで我を通します。彼だって音楽的技量で言えば文句のつけようがないメンツであることは百も承知のはず(キース・リチャーズが上手いかどうか、大いに疑念のあるところですが・笑)。いや、だからこそ我を通すんですね。彼なりの意地みたいなもんでしょう。「お手上げだ。」って顔のキース・リチャーズや、「またかよ。」とうんざり顔のジョニー・ジョンソン(古くからのチャックの相棒)が愉快です。

  そんなチャック・ベリーも今年でなんと81歳。しかし、この人は幾つになろうと枯れません。おととしには著作権を侵害されたとカラオケ業社3社を訴えてます。老いてますます盛ん。というか、相変わらずです(爆
これほどドキュメンタリー向きの人も居ないだろうってことで、

80点

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ウディ・ガスリー/わが心のふるさと
ウディ2
    
  金言なのか単なる処世術なのか。
「政治と宗教の話はするな。友達を無くすことにもなりかねない。」
なので、頭の中の悪魔だか天使だかがこんな風にささやく。
最近じゃ無党派でいることが最も知的に見えるのよ。この『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』なんて映画は、オルグの道具にでもなりそうな「左翼ヒューマニズム」であることを指摘して皮肉の一つも言っておけばいい。そうすりゃ博学で良識のある中道ってことになる。でも、こきおろしちゃ駄目よ。もろ右翼に見えちゃうからね。

  それなら、この映画と全く同じ背景を語る『怒りの葡萄』を作ったジョン・フォード。彼も左翼?? んなバカな。
作品の一人歩き。ある信条を持つ人たちにとって利用しやすい映画ではあるかもしれません。でもハル・アシュビー監督の興味は政治などではなく、フォーク・ソングの父ウディ・ガスリーそのもの。反骨心あふれる彼の人間像そのものです。

  ウディ14歳の時、母親の精神病院入院。18歳の時死亡(このあたりのことは映画では語られません)。19歳のときテキサスで最初の妻メアリー・ジェニングスと出会って結婚し、3人の子供(映画では何故か2人)をもうけます。
時は1930年代の大恐慌。ウディ・ガスリーの住むテキサスからも多くの人たちが新天地を求めて旅立って行きます。夢(だと噂される)のカリフォルニアへ向けて。砂嵐に火事に竜巻。何をしても事態が好転しそうにないウディもカリフォルニアへの旅立ちを決意します。家族には何も告げず書き置き1枚残しただけで。
あてがあるわけではありません。ヒッチハイクやら貨車のタダ乗り(『北国の帝王』の命を賭けたアレです)やら。もっとも、西海岸の親戚から「こっちへ来ないか?」と誘われた、というのが真相という説もあります。
動機はともあれ、道中知り合った人々の貧困ぶりは彼に大いなる影響を与えることになります。
カリフォルニアへ着いてみれば、聞くと見るとでは大違い。『怒りの葡萄』そのものでした。困窮しているホームレスの弱みにつけこんだ資本家たちに信じられないような薄給でこき使われる。その仕事にしたってそう簡単にはありつけないから、労働者は文句の一つも言えない。

  彼らにとって唯一の慰めが歌でした。ウディも旅の途中で見聞きした出来事、自らの体験などを歌って聞かせました。ラジオ局のオーディションを受け合格した彼は、次第に各地のキャンプを回って組合の結成を呼びかけるようになります。彼が社会主義者と呼ばれるゆえんです。でも組合=社会主義者って、ちと短絡過ぎないか? それよりは、“時代が望んだヒーロー”だったのではないかと。スタインベックの小説も、ジョン・フォードの映画も同じこと。その時代に必要であったからこそ生まれてきたもの。それだけ劣悪な労働環境に置かれていた人々の悲劇があり、誰かが声をあげなければならなかった。赤ん坊に飲ませるミルクをどうしたら、、、という差し迫った話に右も左も関係ない。
ウディにしても、厳しい労働で疲れた人たちの心を癒し、仕事にあぶれた人たちの心を慰めることが自分の役割だと心得ていました。資本家に公平なる富の分配を求めたわけでも、彼らから権力を奪い取り労働者階級の支配する世の中を作ろうと訴えたわけでもありません。もう少しましな、人間として最低限の生活が出来るように組合を作ろうと訴えただけ。現実的な政治との関わりについては、この映画は何ひとつ語っていません。

           以下、ネタバレあります。ご注意を。

  この映画におけるウディは筋金入りの左翼活動家としてではなく、反骨心旺盛な頑固者、反逆児として描かれます。その時歌いたい歌を誰にも邪魔されずに歌いたい。ラジオのスポンサーが怒ろうがどうしようが知ったことか。俺はスポンサーのために歌うわけじゃない。ラジオを聴いている皆のために歌う。全国放送への出世?「あれは歌うな。これにしとけ。」なんて指図されるくらいなら、こっちで願い下げだ。いくらホテル出演のギャラが良かろうが、何が悲しくて高価なマティーニや料理を楽しんでる客の前で歌わなきゃならん。俺は仲間を裏切れない。
せっかくテキサスから呼び寄せることのできた家族と再び別れることになっても、生き方を変えられなかったウディ。自己を貫徹するその後姿に先輩ミュージシャンのオザークも脱帽して見送るしかありません。
そしてウディはニューヨークへと旅立ちます。演じるデビッド・キャラダインではなく、ウディ本人生前の録音テープが貨車庫に流れます。
「自分を惨めにさせる歌は嫌だ。自分を負け犬に思わせる歌は。誰の役にも立たない人間なんてあり得ない。それぞれ年を取りすぎたり、若すぎたり、顔がまずかったり。だが人の不運を楽しみからかうような歌は、わたしに用はないし絶対に歌わない。死んでもだ。わたしは歌で証明する。どんなに不運でもこの世界は君の世界なのだ。長い年月どんなに芽が出なくても、君が白人だろうと黒人だろうとだ。だから私は歌を続ける。君自身の誇りを生かす歌を。」
GUTHRIE3
放浪と自己信条貫徹。男のくだらないロマンを否が応でも掻き立ててくれる映画です。 ハスケル・ウェクスラー撮影による黄色い砂埃を浴びながら、叶うはずもないだろう彷徨に思いをはせてみてください(いい気なもんだ)。

← ウディ・ガスリー本人。ギターにキャッチ・フレーズ「この機械はファシストたちを殺す」。ファシストってのは、自分に指図をする人たちや、貧乏人の味方しただけですぐに“アカ呼ばわり”する人たちのことでしょうか。パンクなオヤジです。

90点

、、、、、ところでボブ・ディラン様、貴方は彼を尊敬していたはずですよね。

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ウディ・ガスリー/わが心のふるさと@映画生活




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バック・ビート

バック・ビート3

  5人目のビートルズとも呼ばれる初期メンバー、スチュアート・サトクリフ。
彼は何故未来に光の見えていたビートルズから脱退したのか? この映画はその陰に才女写真家アストリッド・キルヒャーとの運命的な恋愛があり、あまり才能のない音楽よりも画家としての未来を探ろうとしたから、としているんですね。

  本人が死んでしまっている今となっては、本当のところはわかりません。アストリッドが制作に大きく関わった映画ではあるんですが、それはやはりアストリッドから見たスチュー(スチュアートの愛称)像であり、しかもリアルには存在しない思い出のスチュー像でしかありません。知性派ポール・ニューマンが『明日に向って撃て』の裏話を語るにあたってこんな前置きしてましたよね。「今から6ヵ月前にワシントンで第2次大戦の兵士達と戦争当時の話をした。記憶が合う点は1つもなかったよ。だから、こういう議題に入る前に“神話化”されてることを知るべきだ。長い間に頭の中で“脚色”が起きてしまっている。何が実際で何が空想か区別がつかない。だから危険なんだ。これは私の記憶だよ。・・・・・」
更には、アストリッドはこの『バック・ビート』に関するインタビューで「史実かどうかについて妥協しなければならないこともあった。」と答えています。そのインタビューはこちらで読めます。

バック・ビート1  長い前置きですみません。何が言いたいかと言うと、この脚色を許せない人にとっては駄作なのかもしれず、問題にしない人にとっては秀作と呼ぶぐらいの映画にはなっている、、、、ということなんですね。
スチューの死亡とビートルズのレコード・デビューを巡るエピソードを見れば、この映画に“あり得ない大嘘”があることは明らかなんですが、その大嘘が優れた劇的効果をもたらしていることも否定できないわけです。
恐らくこの映画は全編にわたってそんな感じなんだと思います。作り話もあるし、中には確かにそういう出来事もあったけど、時期がちょっとズレてるとか、そこで交わされた会話はそんなじゃなかった、みたいに。
これをクサイととるか、効果的ととるか。実話の難しいところです。

  主軸はスチューとアストリッドの恋愛であり、同じくらい重要な位置を占めるのがスチューとジョン・レノンの友情であり、更には3人の間の微妙な三角関係、ということになるでしょうか。ただ、各々のエピソードを粘っこく描くのではなく、合間合間にビートルズのライブ・シーンを挿入してきます。これが実に素晴らしいタイミング。ビートルズを選ばなかった男の心情と、加速度的に成功を掴んでいくビートルズの対比。もうそれだけで優れた青春論を語ってしまっています。

  ビートルズのメンツなんですけど、リンゴ・スターを除けば似てるんじゃないですか。ポール・マッカートニーは顔見ただけでニヤついてしまいますが、驚くべきはジョン・レノン。もう顔から声からしゃべり方までそっくり。単なる物まねではなくて、人間性が乗り移っているかのようです。これを観るだけでも価値があるかも。演じるイアン・ハート、すごい役者です。

バック・ビート2

  実を言うと私、今まで一度もビートルズに夢中になったことがないんです。ブルースよりの音楽が好きなせいもあって、あまり興味の対象ではありません。ニュー・ヨークではダコタ・ハウス参りもしましたし、すぐそばのストロベリー・フィールズも拝んできました。リバプールにも4日程滞在してキャバーン近辺もうろつきましたけど、まぁあくまで物見胡散ってやつで。アルバムも『サージェント・ペッパーズ』しか買ったことないし、それもさっさと中古盤屋に売り飛ばしちゃったし。あえて誰かと言われれば、ジョージ・ハリスンですかね。
てな不届き者でもなかなか楽しめたということで、

85点

尚、この映画、日本ではDVD化されていません。

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バック・ビート@映画生活




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ザ・コミットメンツ その2
  マネージャーのジミーも含めると総勢11人におよぶザ・コミットメンツ。途中で辞めていくドラマーが1人いるので、これも加えると12人。
そのほとんどがオーディションで選ばれたド素人たち。地元でアマチュア・バンド活動をしていた連中で演技経験ゼロ。キャラクター優先のオーディションしたらしいですが、どいつもこいつもハマリ過ぎ。なんとまぁ芸達者なことよ。芝居なのか、地なのか、ようわかりません。
凶暴なドラマー、ミカ役のデイヴ・フィネガンだけです、はっきりしてるのは。
こいつ、オーディションの最中にアラン・パーカー監督に喧嘩売りますからね。「俺を怒らせるなよ、、、、来るなら来い。やってやるぜ。」
もう間違いなく真性。危険なオーディションだわ。で、こんな奴を採用しちゃうところが凄すぎだわ。

deco

  特筆すべきは、やはりアンドリュー・ストロング演じるヴォーカルのデコでしょう。彼の才能は天賦のもの。まさに“神の贈り物”。誰もが彼の歌の前にはひれ伏すしかありません。ところが「天は二物を与えず」。歌の才能を除けば何も取り柄がない。いや、それどころか、こんな嫌な奴お目にかかったことない。デブでブ男で下品で酔っ払いで目立ちたがり。バック・コーラスの女の子のソロ曲になると露骨に不満気。引き抜きの誘いがあれば、それを隠しもしない協調性のなさ。ほとんど破綻してます。でも、嫌ってるはずのメンバーたちでさえ、ステージの上に限れば「こいつ、ホントにスゲェ」てな視線を送るわけですよ。この対比がね、なぜか観てるこっちを興奮させてくれます。
この肝心要のライブ・シーンの熱気や迫力は、“映画と音楽の神が降りてきた”ともいうべき出来栄えなんですが、この辺のことは他の方があちこちで書いているのでそちらを読んでいただければ。

私はちょっと違う視点で次のシーンをご紹介。
  バック・コーラスの女の子バーニーが練習に出て来なくなります。心配したジミーが家を訪ねると、彼女は生活に追われバンドの練習どころではない。家庭の事情が許さない。首にされるのかと考えた彼女はジミーにこう言います。
「ジミー、私にはバンドが必要なの。何か楽しみが。」
この映画に描かれている全ての思いを簡潔に語り尽くすいいシーンです。

  初めは単なる楽しみ。観客の拍手と歓声がやる気を起こさせ、もっと上手くなりたいの思いが結束を強める。結束は上達を早め、上達は評判とチャンスを生む。と同時にメンバーそれぞれのエゴまでもあらわにしてしまう。、、、、悪いな、俺らそれほど利口にできてねぇんだよ。

  つくづく思うんですけど、たとえ虚構とはいえ、他人様の不幸やら失敗やらを見て「後味がどうの、納得できないの」って、自分のことだけ考えて言えちゃう感覚がね。好きになれんですよ。その醒め具合いがね。その冷たさがね。幸福と未成熟が同義語で、その武器が傲慢さって感じですかね。彼らにゃ浮かばれない人たちの思いなんてわからんでしょう。
むしろ、、、、もしこの映画が「努力すれば夢が叶う式のサクセス・ストーリー」として終わっていたら、張り倒したくなりますけどね。ほろ苦い結末。胸にしみます。
群像劇が持つ例の力強さもね。実は、たくましくもおかしくも切ない。そう、ラストで語られる「それでも、どっこい生きてるぜ」の気概のことです。労働者階級、ダブリンっ子ここにあり、ですわ。

          ザ・コミットメンツのメンバーのリアルなその後について少々。
バーニー役のブロナー・ギャラガーはそれ以前にもテレビ出演を経験していて、現在でも脇役女優として活動中。『パルプ・フィクション』に出演したことも。
男たちの憧れの的イメルダ役のアンジェリナ・ボールも主にテレビを中心に活動中。
ナタリー役のマリア・ドイルも現在でも女優として活動中。2001年に自主レーベルからソロ・デビュー・アルバムを発表し、ここにはジミー役のロバート・アーキンズとディーン(サックス)役のフェリム・ゴームリーも参加。
ジミー役のロバート・アーキンズはその後俳優としての活動をほとんどしていない。近年では映画音楽の作曲を手がけている。
デコ(ヴォーカル)役のアンドリュー・ストロングは当時16歳!ザ・コミットメンツのアルバムでグラミー賞にノミネートされたのち、The Rolling Stones, Elton John, Prince, Brian Adams, Lenny Kravitz, Ray Charles などのワールド・ツアーに参加。1993年にソロ・デビュー。今までに5枚のアルバムを発表している。
COMMITMENTSディーン役のフェリム・ゴームリーはプロ・ミュージシャンとして活動中。アメリカの人気テレビ番組 Late Show with David Letterman のハウス・バンドの一員として1993年から1997年まで出演。あまりにも有名なゲスト・ミュージシャンたちと共演。
アウトスパン(ギター)役のグレン・ハンサードはこの映画が公開された年にロック・バンド The Frames を結成。2003年に発表したアルバムはアイルランド・チャート1位になった。近年、映画にも出演した模様。
デレク(ベース)役のケネス・マクラスキーと、途中でバンドを抜けるビリー(ドラムス)役のディック・マッセイの2人は、現在でも The Commitments というソウル・バンドを継続中。
スティーヴン(ピアノ)役のマイケル・エイハーンは現在土木技師。
凶暴なドラマー、ミカ役のデイヴ・フィネガンは現在消息不明。
ジョーイ(トランペット)役のジョニー・マーフィは元々プロの俳優。

ほら、やっぱり「どっこい生きてる」でしょ?(若干1名心細い。刺されてなきゃいいが。)

100点
『スティル・クレイジー』に100点付けたから、これにも100点付けるしかない(笑) 
いいんです。“私がどれだけ好きか”ですから。
“いつの日かある映画に0点を付けてみたい”という誘惑にも駆られている私(爆

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ザ・コミットメンツ その1



  まぁなんとお下品な映画なんでしょう。全編スラングの洪水。汚い言葉のつるべ打ち。これ、英語圏の国じゃテレビ放送(地上波)絶対無理ですわ。15年以上前に観た時は気にもしてなかったんですけど。
冒頭の結婚式パーティーのシーン。一人の好々爺が片肘ついてウトウトしています。そのそばをパーティーに飽きてしまった子供たちが駆け回り、このお爺ちゃんを起こしてしまう。途端に出た言葉が「FUC● OFF!」 思わずのけぞります。普通、老人が子供に吐く言葉じゃないでしょ。しかも結婚式で。
もうこれだけで、どういう人たちを描こうとしているのか語ってしまいます。以後この「FUC● OFF!」(コメント欄に悪戯する人たちの検索にひっかかりたくないので伏字にします。申し訳ありません。)を何度聞けたことか。その辺が原因なんでしょうか。海外では絶賛する人と眉をひそめて「悪くはないんだけど・・・」と評価する人とに二分される映画です。宗教の縛りから、ある意味日本人より保守的だったりしますから。

  それじゃ映画の内容も反社会的でお下品極まりない不健全なものかといえば、少なくとも日本人にとっては全然そんな事ありません。

  不況にあえいでいた頃のヨーロッパ。それもアイルランドのダブリンという、沈うつな労働者階級の町が舞台。この町に生まれるということは、一生浮かばれないことを意味します。芸能人かスポーツ選手として成功でもしない限り。

commitments2  この映画、舞台であるダブリンの生活描写が素晴らしい。
路地で遊ぶ子供たちの“遊び”に注目してみてください。何気ないですけど、“おい、おい、おい”ですから。女たちも群馬県並(笑)。男相手に怒鳴りまくる質屋のおばちゃん、最高!
そして、恐ろしく時間をかけたであろうライティングの素晴らしさ。どの画面にも深い陰影を施していて、労働者の町に生きる人間たちの肌触りを伝えてくるんですね。
更には、そこかしこ、至る所に皮肉なギャグとお下品なジョークが仕込んであります。陰影に富んだ画面の持つ肌触りにイギリス人監督らしい辛らつな笑いが加われば、もはや無敵。決してハリウッド調前向きコメディーへとは流れません。そんなものに屁でもかますかの如き強烈な生活臭の充満。

  主人公ジミーは、マネージャーとして労働者階級のための労働者階級バンドを作ろうとメンバーを集めます。演奏する音楽はソウル。「黒人の音楽だろ。」というメンバーに彼はこう言います。「アイルランド人は欧州の黒人。中でもダブリンっ子は黒人の中の黒人だ。胸を張って言え。“俺は黒人だ”とな。」
半信半疑、なんだか良くわからんけどやってみるべ。他に面白いこともないし。てな調子でメンバーが揃ってくる。でも一人インタビューごっこするジミーはともかく、他のメンバーはプロとしての成功を夢見ているわけでもない。チームワークなんか知ったことかい。
案の定、音を出したらヘナチョコ・ソウル。

  さて、彼らの前途やいかに、ってところで次回へ続きます。・・・・・・・・・眠い。

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リンダ リンダ リンダ
  急遽新メンバーを迎え、3日間のリハーサルで高校の文化祭に出ようという女の子バンド、
                        「ザ・パーランマウム」
rinda

  この映画を語る時によく引き合いに出されるのが『ウォーターボーイズ』と『スウィングガールズ』。同時代に同世代を描いていながら対照的な作風ってことで、それもわかる気はします。でも、「俺たちはあんなベタで爽やかなやつじゃなくて、もっとリアルで自然なもので共感を得よう。」てな意気込みで作ってるとも思えないんですけどね。
そういう助平根性よりは、「照れ」を感じてしまう作り手が色んな恥ずかしさを削ぎ落としていった結果こんな映画が出来ちゃった、みたいな。唯一エンド・ロールに突如本物のブルーハーツ流すとこだけ、ちょっと狙ってみた。効果的でしょ、みたいな。



← これ、サントラ盤じゃありません。彼女たちのCD。  
  作り手だけではなく、この映画の登場人物たち。プールに漂う香椎由宇。バス停のベンチで一拍おいて座るペ・ドゥナと香椎由宇。松山ケンイチの告白に素っ気無い返事で応えるペ・ドゥナ。夢の中のバースデイで涙する香椎由宇。前田亜季の不器用な恋の始まり。揉めて辞めていったヴォーカルの女の子。
個人差はありますが、「照れ」とかって言葉がこれくらい似合う年代ってないと思うんですよ。既に自己と他者との間の距離感覚についてはイヤでも意識する年頃で、しかも大人の世界を垣間見て背伸びする時期。それでも時々自我が勝ってしまう幼さも消えず、引っ込みがつかなくなることもしばしば。
何かやってみたい。自分を表現してみたい。でも改まってそれを口に出してしまうことへの戸惑い。つい冷めた風な口を利いてしまう照れ。

  夜、野外で自分の夢を語り合ったり、「バンドに誘ってくれて有難う。」なんて台詞を吐くんですから、、、、考えようによっちゃ充分臭い映画なわけです。この話をドラマティックにベタにやってしまったら悲惨なことになっていたでしょう。観ているこっちが穴に入りたくなるのが関の山。奇跡的にそうはならなかった幸せな映画、ってとこでしょうか

  むしろ私が「ん?!」と思い浮かべたのは、『ウォーターボーイズ』や『スウィングガールズ』ではなく、『青春デンデケデケデケ』と『台風クラブ』です。前者に対するアンチ・テーゼであり、後者に対する限りないオマージュなんではないかと。と言ったって、大して難しい話じゃないです。前者を反面教師としての手引きにし、後者の作劇法に影響を受けた証として印象的な空や雨やプールや体育館を映し出す。
盛り上がるべき体育館だって人影はまばら(ってほどでもないが)。まぁ『青春デンデケデケデケ』とは大違い。遅刻したため3時半を回って登場した彼女たち。おまけに外は大雨。なので、校外からのお客さんたちはほとんど帰っちゃってる。盛り上がらないまま終わろうかとしていたロック・フェスティバルに『リンダ リンダ』なわけです。その音に誘われて体育館に集まってくる生徒たち。乗ってはいますが、それでも体育館はスカスカ。ラストはそれを思いっきり引きの絵で撮っちゃう。



いいんです、それで。
彼女たち、何かやりたかっただけですから。聴いてくれる人の前で普段出せないデカイ音出してみたかっただけですから。上手いか下手かなんて関係ありません。曲がりなりにもやってのけただけで幸せなんです。演奏後のアイ・コンタクトだけで無上の喜びなんです。間違っても観音崎の坊やたちのように「皆さんに感謝をこめて・・・」なんてほざきません。
香椎由宇の特徴ある声での、しかも思いっきりのバック・ヴォーカル ♪リンダ リンダァー♪ にロックを感じちゃった私です。

  私、音楽聴く時に歌詞ってどうでもいいんです。サウンドの魅力に惹かれることはあっても、歌詞に共感など覚えない。自分の心情を歌詞に投影して「わかるなぁ。」なんてありえない。
実は、あのブルーハーツをコピーっていうんで嫌な予感していたんですよ。よかったです、はずれてくれて。
この映画、ブルーハーツの歌詞に感化されていません。耳に飛び込んでくるインパクト、素っ気ない物語だからこそ効果的なストレートなロックン・ロール、もしかしたら3日でもやれちゃいそうな楽曲、そういうイメージで採用されたんではないかと。。。。。
その志、正解です。

90点

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